その男が森から戻ったとき、ひとりだった。
六人で入ったはずだった。
森へ向かう前夜、酒場では随分と威勢のいいことを言っていたという。
今回こそ深層まで行く。
誰も見つけていない遺構を探す。
戻ったら一生遊んで暮らせるほどの財宝を持ち帰ってやる。
いつものことだった。
男は腕の立つ冒険者だったし、実際、それまで何度も大きな財宝を持ち帰っていた。
だから誰も心配などしていなかった。
森から帰ってきた男は、何も持っていなかった。
剣もなかった。
荷袋もなかった。
片方の靴すら失っていた。
そして、仲間もいなかった。
「何があった」
そう問われても答えなかった。
怪我はひどかったが、致命傷はなかった。
三日ほど眠り、起きて水を飲み、また眠った。
仲間の家族が訪ねてきた。
誰がどこで死んだのか。
遺体はあるのか。
せめて形見だけでもないのか。
男は何も答えなかった。
ただ一度だけ、
「すまない」
そう言った。
それから男は冒険者をやめた。
森の近くに小さな小屋を建てた。
奇妙なことに、森を恐れて逃げたわけではない。
むしろ毎日のように森の入口まで歩いていった。
そこで何をするでもなく、木々を眺めていた。
若い冒険者が通れば、ときどき声をかけた。
「どこまで行く」
「浅層の北側だ」
「そうか」
それだけの日もあった。
別の日には、帰ってきた冒険者に尋ねた。
「何を持ち帰った」
「銀貨だ。古いやつだが、かなりの値になる」
「そうか」
そして決まって、こんなことを言った。
「自分で得たと思うなよ」
当然、嫌われた。
何を言っている。
命懸けで取ってきたのはこちらだ。
森がくれたとでも言うのか。
そう笑われると、男も笑った。
「そうかもしれん」
「なら森に礼でも言えって?」
「言いたければ言えばいい」
男は説教をしなかった。
森へ入るなとも言わなかった。
財宝を持ち帰るなとも言わなかった。
ただ、
「帰ってこられたことまで、自分の腕だと思うな」
そう言った。
ある日、一人の若者が聞いた。
「じゃあ、あんたは何を森でもらったんだ」
男はしばらく黙っていた。
そして答えた。
「命だ」
若者は笑った。
「元からあんたのものだろ」
そのとき男は初めて、少し怒ったという。
「違う」
低い声だった。
「俺たちは何一つ持っていない」
そして、森を見ながら続けた。
「財も、食も、帰る道も」
そこで言葉を切った。
「この命さえもだ」
その頃には、男の話を聞きに来る者が少しずつ増えていた。
森で家族を失った者。
冒険者を辞めた者。
一度だけ深層を見てしまった者。
理由はそれぞれだった。
男は彼らに教えを説いたつもりはなかった。
名を付けることもしなかった。
祈り方も決めなかった。
まして、自分を崇めろなどとは一度も言わなかった。
ただ、
「すべては賜りものだ」
そう繰り返した。
男が死んで何十年も経ってから。
その言葉を口にする者たちは、森に向かって祈るようになった。
さらに百年が経つ頃には、彼らは森を一つの巨大な生命だと語るようになった。
さらに時が過ぎれば、森の奥にはその意思そのものが宿る場所があると信じる者まで現れた。
男が見れば、笑ったかもしれない。
怒ったかもしれない。
あるいは、何も言わなかったかもしれない。
なにしろ彼は最後まで、
森の中で何を見たのか。
語らなかったのだから。
文:トモローらんぢ
