俺のジジイは、勇猛な男だった。
少なくとも、世間ではそういうことになっている。
俺に言わせれば、あれは勇猛じゃない。
蛮勇だ。
ガルドレイクじゃ、昔から妙な男ほど好かれる。
崖から飛び降りて生きて帰れば豪傑。
三日三晩寝ずに剣を振れば傑物。
魔物の群れに一人で突っ込めば英雄。
そんな国だ。
ジジイは、その手の話に事欠かなかった。
若い頃には大勢の賊を一人で追い回しただの、渓谷の魔物を拳で仕留めただの。
どこまで本当かは知らん。
ただ、腕が立ったのだけは間違いない。
家の裏には稽古場があった。
朝になると、門下生たちの声が響いた。
俺が起きるより早く始まり、俺が家を出る頃にもまだやっている。
ジジイに教えを請うため、遠くから来る奴までいた。
当然、その孫である俺にも期待が集まった。
「お前なら跡を継げる」
「先生の孫なら、さぞ強くなるだろう」
「いつ稽古を始めるんだ」
うるさい連中だった。
俺はジジイが嫌いだった。
稽古も嫌いだと言った。
強さなんてくだらないと言った。
ガルドレイクの連中は頭の中まで鉄でできている、と馬鹿にしたこともある。
ジジイにも散々反抗した。
「稽古するか」
「しない」
「そうか」
いつも、それだけだった。
もっと怒ればいいものを、ジジイは怒らなかった。
だから余計に腹が立った。
今になって思えば。
俺は、ジジイが嫌いだったんじゃない。
怖かったんだろう。
あれだけの男の孫として期待されて、
実際に拳を握って、
もし大したことがなかったら。
周りの連中が落胆する。
何より、ジジイが落胆する。
それが嫌だった。
だから最初からそこには立たなかった。
期待なんてしていないふりをした。
自分には興味がないふりをした。
ジジイとも、できるだけ顔を合わせないようにしていた。
そんなある日のことだ。
ジジイが突然、森へ行くと言い出した。
理由を聞いた門下生に、こう答えたらしい。
「森の果てを見てくる」
馬鹿だと思った。
誰か連れていけと言われても断ったそうだ。
もう若くもない。
何を考えているんだと皆が止めた。
それでもジジイは、一人で行った。
俺は見送りにも行かなかった。
どうせ数日もすれば帰ってくる。
帰ってきたらまた、くだらない武勇伝が一つ増える。
そう思っていた。
帰ってこなかった。
一月経った。
半年経った。
一年経った。
それでも帰ってこなかった。
遺体も見つからなかった。
服も。
荷物も。
何一つだ。
森はジジイを丸ごと飲み込んだ。
それっきりだ。
まったく。
最後まで迷惑なジジイだった。
残された稽古場をどうするか。
門下生をどうするか。
家をどうするか。
それまで逃げ回っていた俺のところへ、全部転がり込んできた。
俺は拳を握った。
仕方なくだ。
本当に、それだけだった。
それから随分経った。
若かった門下生たちは年老いた。
死んだ奴もいる。
俺を「先生」と呼ぶ馬鹿まで増えた。
孫もできた。
そいつがまた、生意気なガキでな。
稽古をしろと言えば嫌な顔をする。
俺と飯を食うのも避けやがる。
誰に似たんだか。
昨日、久しぶりに鏡を見た。
笑ったよ。
そこにジジイがいた。
皺だらけで。
白い髭を生やして。
昔、俺が大嫌いだった顔をしていた。
だから、そろそろいいだろうと思う。
明日の朝、森へ向かう。
一人でだ。
弟子たちには止められた。
この歳で何をするつもりだ、と。
何をするつもりなんだろうな。
俺にもよく分からん。
ジジイを探すつもりはない。
今さら生きているとも思っていない。
仇を討つつもりもない。
ただ。
あの男が最後に何を見ようとしたのか。
それくらいは、知りたくなった。
俺も歳を取ったということだろう。
孫には何も言っていない。
あいつはたぶん、見送りには来ない。
それでいい。
昔の俺もそうだった。
まったく。
最後まで迷惑なものだ。
あれほど嫌っていたジジイと同じ歳になって、
同じように剣を背負って、
今度は俺が森へ行く。
もし森のどこかで会えたなら。
一発、殴ってやろうと思っている。
そのあとで聞く。
「なあ、ジジイ。森の果てには、何があった?」
文:ロウ・グレンデル
