#13 眠らぬ門番、還らぬ夢 FOREST&FORTUNE

眠らぬ門番、還らぬ夢 FOREST&FORTUNE

森の深奥へと続く道。
その入り口に、今日も変わらずオーガは立っていた。

代々、誰からともなく継がれた使命。
森の奥を守る者として、いかなる者の通行も許さぬ定め。

それは命令ではなく、生きることそのものだった。

その日、霧がわずかに揺れ、空気がきしむ音が響いた。
気配。何者かの存在が、ひたひたと世界の輪郭を乱していく。

オーガは迷わず斧を構える。
振り下ろされた一閃が白濁の霧を断ち割ると、
そこに現れたのは、白銀の髪を風にそよがせる薄衣の女だった。

杖を手に、空中に符を走らせながら、
静かに目を細める。
どこか、見慣れた気配を纏って。

「またおまえか……」
重く、低く、岩を割るような声が森にこだました。

「また、ですって?
あなたたちこそ、何百年も変わらないのね」

女は淡く微笑んだ。
だがその目には、乾いた諦めの影が静かに差している。

霧に魔力が溶け込み、彼女の背後で螺旋を描く。
足元には精緻な魔法陣が浮かび上がる。
けれど、それは攻撃を意図したものではない。

視界を歪ませ、足跡を消し、姿を溶かす“隠し身の呪”。
彼女はただ、道を探していた。

「通せぬ」

その声に感情はない。
ただ、太古のどこかで定められた命の痕跡が、唇を借りて響いた。

「じゃあ、なぜ通さないのか教えて?」
女の声が、霧に揺れる。
「あなたは、それを知っているの?」

オーガの手が一瞬、わずかに止まる。
ほんのかすかな沈黙。
それは、思考の兆しか、ただの風か。

彼女は続ける。問いを、淡々と。

「あなたたちは“守っている”と言う。
でも、なにを? なぜ? どうして?」

斧がわずかに揺れ、低く唸った。
「……知らぬ。ただ、そう決められている。それだけだ」

そのとき、空が閃いた。
彼女の杖の先より、霧を裂く無数の刃が静かに放たれ、
夜明け前の光のように広がってゆく。

それを迎えるように、オーガの斧が重く振るわれる。
力と力、意思と意思。
ぶつかり合いながら、ただ空間が揺れる。

木々がざわめき、魔力が火花のように弾ける。

「私はもう人間じゃない。
けれど――夢だけは人間のまま」

霧の中、彼女の声がかすかに遠のく。

「ならば、その夢が森を乱すなら――」

再び、武器が交錯する。
けれど、どちらも決定打を放たない。

ぶつかり、弾かれ、霧と光が複雑に絡み合い、
やがては静かに溶けていく。

そうして二人はまた、この境界で対峙する。
幾度目かの応答を重ね、互いに変わらぬ立場を演じ続ける。

何も変わらない。
だが、どこかに微かな違和が残った。

オーガは、ふと、思う。
夢とは、そこまでして求める価値があるのか?

霧の向こう。
もう姿の見えなくなった彼女の残り香が、
その問いの続きを、確かに告げていた。

【イラストレーター】
7913

【文章】
森次郎

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