アルセリア王国は、良い国だと思う。
少なくとも冒険者にとってはそうだ。
森への入口は整備されているし、ギルドの依頼も多い。浅層には比較的入りやすく、宝石や魔道具を持ち帰れば買い手にも困らない。王家も騎士団も商会も学術院も森の恵みを欲しがっているから、俺たちみたいな商売には都合がいい。
街も悪くない。
食い物はうまいし、酒もある。
だから俺は、この国が結構好きだ。
ただし――
「見ろよ。また来たぞ」
酒場の軒先から大通りを眺めていると、馬車が一台、王宮へ向かっていった。
荷台には大きな木箱が載っている。護衛までついているところを見ると、相当な品らしい。
「何だ、あれ」
隣の男が聞いた。
「献上品だろ」
「ああ。例の?」
「例の」
今年、国王が新しい記念日を作った。
何を記念する日だったかは忘れた。即位だか、王家の何周年だか、とにかく国王にとってめでたい日らしい。
それで国中の貴族や有力商人に、
祝いの品を献上せよ。
という話になった。
「自分の記念日を自分で作って、贈り物を要求するってすごいよな」
「大声で言うな」
「お前しか聞いてないだろ」
「王都だぞ。壁にも耳がある」
「じゃあ小声で言う。糞野郎だな」
「そうだな」
俺たちは小声で笑った。
当然、誰も自慢の財宝を喜んで国王へ差し出したいわけじゃない。
そこで出てくるのが、
偽物だ。
古代王朝の杯。
伝説の工房で作られた宝飾品。
森の遺跡から発見された彫刻。
もっともらしい由来を付けて、それらしい箱に入れれば、立派な献上品の完成だ。
どうせ国王には分からない。
「それ、バレないのか?」
「王様にはな」
問題は、
周りにいる連中だ。
宝石商。
古美術商。
収集家。
鑑定に関わる者。
あいつらは王様よりずっと目が肥えている。
偽物を献上しようとしている商人のところへ、別の商人がやってくる。
――これは素晴らしい品ですね。
最初は褒める。
――ただ、この時代にこの技法が存在したかどうか、少々気になるところですが。
そこで少し脅す。
――もちろん、私から王宮へ何か申し上げるつもりはございません。
最後に笑う。
あとは分かるだろ。
「口止め料か」
「そういうこと」
「性格悪いな」
「だろ?」
しかも笑えるのが、
脅している奴も別の偽物を献上していたりする。
「あいつの品は偽物だ」と知っている奴がいて、
そいつ自身も偽物を持っていて、
さらにそれを知っている奴がいる。
誰が誰の弱みを握っているのか、もう分からない。
「全員黙ってればいいじゃねえか」
「本当にな」
俺たちはまた酒を飲んだ。
王宮へ向かう馬車が、もう一台通り過ぎた。
あれも本物なのか。
偽物なのか。
俺たちには分からない。
たぶん国王にも分からない。
だが、それでも王都では大勢の人間が、
本物か偽物かで金を動かしている。
貴族どもも似たようなものだ。
あいつらは俺たち冒険者を見下している。
森から泥だらけで帰ってくれば鼻をつまみ、破れた服を見れば野蛮人でも見るような顔をする。
だが、その首から下げている宝石は誰が持ってきた?
屋敷に飾っている魔道具は?
王様へ献上する古い財宝は?
誰かが森へ入った。
魔物から逃げた。
道に迷った。
仲間を失った。
それでも抱えて帰ってきたものを、商人が買い、貴族が飾っている。
「気に食わねえ」
俺が言うと、隣の男が笑った。
「じゃあ貴族には売らないのか?」
「売る」
「商人にも?」
「高く買うならな」
「国から依頼が来たら?」
「報酬次第だ」
「じゃあいいじゃねえか」
腹が立つが、その通りだった。
国王が欲しがる。
貴族が欲しがる。
商人が売りたがる。
だからギルドへ依頼が来る。
俺たちは森へ入る。
そして、運が良ければ金持ちになる。
俺は王宮へ向かっていく馬車を見送った。
「まあ、アルセリアは良い国だよ」
「さっき国王を糞野郎って言ってなかったか?」
「国と国王は別だ」
「便利な考え方だな」
「長生きする秘訣だよ」
そう言って杯を空にした。
アルセリアは良い国だ。
上を見なければな。
文:ハンバーグ次郎
