「森の攻略作戦って知ってるか?」
「知ってるよ。昔、国同士で森を取り合ったやつだろ」
「そう、それだ」
昔。
五つの国が今よりずっと仲の悪かった頃。
どの国も同じことを考えた。
森を自分たちのものにできないか。
理由は単純だ。
森は富を生む。
財宝がある。
魔道具がある。
そして何より、魔力を生み出す宝石がある。
魔力は動力だ。
街を動かし、工房を動かし、国を豊かにする。
その源が森から出てくるのだから、そりゃあ欲しくなる。
森を押さえた国が、他国より豊かになる。
森を押さえた国が、他国より強くなる。
なら先に取ってしまえ。
どこの王様だか将軍だか知らないが、そう考えた。
一国だけじゃない。
みんな考えた。
それが「森の攻略作戦」と呼ばれている一連の争いだ。
「馬鹿だよな」
「今だから言えるんだよ」
「でもあの森だぞ?」
「だからだよ」
各国は軍を送り込んだ。
数十人の冒険者なんて規模じゃない。
兵士。
騎士。
荷運び。
斥候。
技師。
食料を積んだ隊列。
国によってやり方は違ったらしいが、要するに、
軍隊で森を押し切ろうとした。
ところが、入ってすぐに問題が起きた。
食い物だ。
「早くないか?」
「人数が多すぎるんだよ」
千人が一日食う量を考えてみろ。
それを何日分も運ぶ。
食料を運ぶ人間にも食料がいる。
荷車を使えば道がいる。
道を作れば時間がかかる。
その間にも食料は減る。
なら森で調達すればいい。
最初はそう考えたらしい。
だが、軍隊が食えるほど都合よく獲物がいるわけじゃない。
食える木の実が毎日見つかるわけでもない。
水場だって地図通りにあるとは限らない。
なにしろ、
森そのものが変わる。
昨日通った道が今日もあるとは限らない。
斥候が確認した場所へ本隊が着いた頃には、地形が変わっている。
道を切り拓いて目印を付けても、いつの間にか別の場所へ出る。
橋を作った翌日に、川の位置が変わっていたなんて話まである。
本当かどうかは知らん。
だが、似たようなことは今でも起こる。
それでも軍は進んだ。
国の威信ってやつだ。
「で、どこまで行ったんだ?」
「知らん」
「記録は?」
「あるらしいぞ」
「どこまで?」
「だから知らん」
妙な話だ。
相当な人数が森へ入った。
何日も。
何週間も。
場所によってはもっと長く。
それなのに、
どこまで進んだのか、はっきりしない。
進んでも森。
さらに進んでも森。
山を越えても森。
谷を下りても森。
森。
森。
森。
しかも敵は森だけじゃない。
別の国の軍隊と出会う。
当然、揉める。
「ここから先は我が国が確保した」
「いや、こちらの領域だ」
森の中に国境なんか引けるわけもないのに、旗を立てて土地を取り合った。
やがて小競り合いになった。
小競り合いが戦闘になった。
そこへ魔物が来る。
敵兵と戦っている最中に魔物の群れが突っ込んできた。
別の記録では、魔物から逃げた部隊が敵軍の野営地へ雪崩れ込んだ。
もう誰が誰と戦っているのか分からない。
人間同士で殺し合い、
魔物に食われ、
怪我人を抱え、
食料は尽き、
帰ろうにも帰り道が分からない。
相当死んだらしい。
「で、結局?」
「何も取れなかった」
「何も?」
「森は今も誰の国でもないだろ」
そういうことだ。
誰も森の主導権なんて握れなかった。
結局、各国は諦めた。
理由は簡単だと教わる。
割に合わなかった。
兵士を育てるには金がかかる。
装備にも金がかかる。
食料にも金がかかる。
それを何千人も森へ送り込んで、何百人、何千人と失う。
それで手に入るものが何なのかも分からない。
なら――
「冒険者にやらせりゃいい」
「そういうことだ」
国が兵士を送る必要はない。
ギルドへ依頼を出す。
森で必要とされる財宝や魔道具、宝石を指定する。
冒険者が勝手に森へ入る。
見つけたら報酬を払う。
死んだら?
国の兵士じゃない。
「ひでえ話だ」
「今さら何言ってんだ」
「気に食わねえんだよ。自分たちの兵を失いたくないから、俺たちに金を払って森へ行かせてるんだろ」
「いいじゃねえか」
「何が」
「そのおかげで俺たちは一獲千金を狙える」
男は酒を飲み干した。
「国は欲しいものを手に入れる」
もう一人も杯を持ち上げる。
「ギルドは仲介料を取る」
「俺たちは?」
「生きて帰れば金持ちだ」
「死んだら?」
「知らん」
二人は笑った。
それが今の仕組みだ。
ずいぶん合理的になったものだ。
ただ。
一つだけ、昔から妙な噂がある。
各国が森から軍を引き揚げたのは、
本当に、
「割に合わなかったから」なのか。
最後まで進軍を続けていた部隊が、
森の奥で何かを見たという話がある。
それを見たあと、
各国がほとんど同じ時期に撤退を始めたとも。
もっとも、その話になると記録は急に曖昧になる。
だから、
森が広すぎて諦めただけなのか。
食料が尽きただけなのか。
死人が増えすぎただけなのか。
それとも――
それ以上進んではならない何かに出会ったのか。
今となっては分からない。
「まあ、昔の話だ」
「そうだな」
「明日は?」
「森へ潜る予定だ」
「何狙い?」
「トパーズ」
「国からの依頼か?」
「そう」
「いくら?」
男が金額を言った。
もう一人は少し黙った。
「……俺も行こうかな」
「ほらな」
結局、
昔も今も、
人間は森の恵みを諦められない。
やり方が変わっただけだ。
文:ハンバーグ次郎
