ノルヴァルドから森へ入る者には、一つ覚えておいてほしいことがある。
妖精から、何も受け取るな。
あの辺りには、青く透き通った小さな妖精がいる。
朝露に空の色を一滴落としたような、美しい青だ。
薄い羽を持ち、木漏れ日の中をふわふわと飛ぶ。
顔立ちも愛らしい。
こちらを見つけると、嬉しそうに笑う。
だから初めて見る者は喜ぶ。
私もそうだった。
あれほど美しいものが、森にいるとは思わなかった。
ゴブリンとはまるで違う。
ゴブリンも人を困らせる。
荷物を隠す。
石を投げる。
眠っている間に顔へ落書きをする。
くだらない悪戯をして、げらげら笑う。
腹は立つが、命の危険はない。
悪戯する相手がいなくなってしまうからだ。
妖精は違う。
何を考えているのか、本当に分からない。
ある冒険者は、妖精から宝石をもらった。
青く美しい石だった。
その日のうちに三度転び、剣の鞘が壊れ、最後には崖から滑落した。
仲間が助けなければ死んでいた。
宝石を捨てると、それきり何も起こらなくなった。
木の上では妖精が笑っていたという。
別の冒険者は、水場を教えてもらった。
妖精が何匹も集まり、嬉しそうに同じ方向を指差した。
行ってみると、本当に泉があった。
ただし、その水を飲んだ三人は半日ほど身体が動かなくなった。
その間、妖精たちは三人の鼻先へ花を置いたり、頬をつついたりして遊んでいた。
幸い、魔物は来なかった。
もし来ていたら三人とも死んでいた。
崖の向こうから仲間の声を真似された者もいる。
「こっちだ」
「見つけたぞ」
確かに仲間の声だったという。
声を追った先は崖だった。
一歩踏み出す直前、頭上から笑い声が聞こえて止まった。
妖精が何匹も枝に座っていた。
腹を抱えて笑っていたそうだ。
夜営中、荷袋から食料だけを全部出された一行もいる。
食べられたわけではない。
少し離れた木の枝へ、一つずつ綺麗に並べてあった。
翌朝、それを見つけた冒険者たちが回収しようとすると、
枝が折れた。
その下には魔物の巣があった。
妖精たちは見ていた。
もちろん笑っていた。
もっと酷い話もある。
負傷した冒険者に薬草を持ってきた妖精がいた。
仲間は喜んだ。
だが、それは傷薬によく似た毒草だった。
使った男は高熱を出した。
妖精は翌日もやってきた。
今度は本物の薬草を持っていた。
それを男の目の前で振って見せ、
笑いながら飛んでいった。
そういうことをする。
どれも、妖精自身が剣を振るうわけではない。
爪も牙も使わない。
ただ少しだけ、
人間が死ぬ可能性を高くする。
それで笑う。
だから私は、あれを悪戯とは呼びたくない。
不思議なのは、殺すことそのものが目的にも見えないことだ。
崖から落ちた人間が助かっても笑っている。
落ちて死んでも、たぶん笑うのだろう。
自分たちが罠に引っかかっても笑うという話すらある。
ノルヴァルドの獣人に聞いたことがある。
「あれは、人間が嫌いなのか?」
答えは、
「知らない」
だった。
「では、殺したいのか?」
「たぶん違う」
「なら、なぜあんなことをする」
獣人はしばらく考えて、
こう言った。
「面白いんじゃないか?」
私はそれ以来、
あの笑顔が一番怖い。
敵意なら分かる。
怒りなら分かる。
腹を空かせた魔物なら、もっと分かる。
だが、
こちらが死ぬかもしれないことを、
面白いからやっているのだとしたら。
あれほど愛らしい顔をしていることまで含めて、
ずいぶん悪趣味な生き物だと思う。
だからもう一度だけ言う。
ノルヴァルドから森へ入って、
青く透き通った小さな妖精を見つけても、
手を振るな。
ついていくな。
何も受け取るな。
文:SATO TAKERU
