魔法の森から得られるものは、財宝ばかりではない。金貨、古い装飾品。中でも宝石は高値で取引される。魔法の森に満ちた魔力が、長い年月をかけて結晶化したもの。学者たちはそう説明している。確かめた者がいるのかは知らないが、理屈としては分かる。森には魔力がある。それが石の中へ蓄積され、宝石になる。不思議ではあるが、納得はできる。
私が理解できないのは、魔道具の方だ。火を灯すランタン、切れ味の落ちない短剣、持つ者の足音を消す靴、水を注げばわずかに傷を癒やす杯。いずれも深層で発見される。数は少なく、同じものが二つ見つかることもほぼないという。魔法の森の魔力が宿っているとされ、使えば様々な恩恵を受けられる。
当然、その価値は高い。ギルドの依頼を受けて森へ入った冒険者は、魔道具を見つけた場合、持ち帰って提示することを求められる。持ち帰れば、それなりの報酬が出る。危険を冒した対価としては十分な額だ。だから、ほとんどの冒険者は素直に持ち帰る。少なくとも、ギルドはそう考えている。
実際には、魔道具だけを集めている収集家もいるらしい。貴族、商人、研究者。誰にも見せず、屋敷の奥へ並べている者もいるという。ただの噂だ。魔道具には噂が多い。持ち主を選ぶ剣、毎晩違う声を聞かせる耳飾り、まだ起きていない出来事を映す鏡。本当かどうか分からない話ばかりだ。
今回、私たちが持ち帰ることになったのは、小さな金属製の箱だった。深層にある枯れた大樹、その根元の空洞に置かれていた。錆びているように見えたが、触れると表面は滑らかだった。鍵穴はない。蓋にも継ぎ目が見当たらない。それでも、耳を近づけると中から小さな音が聞こえた。
かちり。かちり。
まるで、何かが一定の間隔で動いているような音だった。
「時計じゃないか」
剣士のグレイが言った。
「時計なら、文字盤があるだろう」
魔術師のリナが箱を調べながら答える。
「それに、これほど強い魔力を時計に込める理由がない」
箱は手のひらほどの大きさだった。飾り気はない。模様も文字もない。人間が作った道具のようにも見える。ただ、どこの国の様式にも当てはまらなかった。
「森が作ったものなんだろ」
グレイは呆れたように言った。
「ギルドの連中は、いつもそう説明する」
私は箱を見つめた。
「森が箱を作るのか」
「魔法の森だからな」
「では、なぜ箱なんだ」
グレイは眉をひそめた。
「どういう意味だ」
「石でもいいはずだ。木の実でも、動物の角でもいい。魔力を宿すだけなら、わざわざ箱の形をしている必要はない」
持ちやすい大きさ。平らな底。指をかけられるわずかな窪み。それは明らかに、誰かが使うことを前提とした形だった。
「昔の冒険者が落としたんじゃない?」
リナが言った。
「森に長く置かれ、魔力を吸った。それだけかもしれない」
一番分かりやすい説明だった。おそらくギルドも、同じように考えている。だが、箱には傷がなかった。土に埋まっていた形跡もない。長い間、森に置かれていた物には見えなかった。昨日作られ、そこへ置かれたと言われた方が、まだ納得できる。
私たちは箱を布で包み、森を出た。帰路で何度か魔物に襲われたが、箱に変化はなかった。相変わらず、中から小さな音が聞こえる。夜になると、少しだけ音が速くなった。誰も口には出さなかったが、全員が気づいていたと思う。森の浅層へ戻るころには、音はまた遅くなっていた。まるで、深層から離れたことを知っているようだった。
町へ戻ると、箱はすぐにギルドへ引き渡された。受付の職員は中身を確認しようともせず、箱を厚い布で包んだ。そして私たちへ報酬を渡した。金貨八十枚。想像していたより多い。
「この箱は、何に使うものなんですか」
私は尋ねた。
「鑑定が済むまで分かりません」
職員は書類を書きながら答えた。
「似たものが見つかったことは?」
一瞬だけ、筆が止まった。
「ありません」
答えは早かった。だが、彼の後ろにある棚には、同じ色の布で包まれた品がいくつも並んでいた。大きさも形も違う。剣らしいもの、杖らしいもの、小さな箱らしいものもあった。
「魔道具は、すべてここへ集められるんですか」
「規則ですから」
「それから、どうなるんです」
職員は顔を上げた。先ほどまでの事務的な表情が消えていた。
「冒険者が知る必要はありません」
それ以上は聞けなかった。
私たちはギルドを出た。グレイは受け取った金貨を数え、リナは新しい杖を買うと言っていた。二人とも、もう箱のことを気にしていないようだった。私は一度だけ、ギルドの建物を振り返った。二階の窓、厚いカーテンの隙間から、何かが淡く光っていた。あの箱と同じ色だった。
次の朝、私は図書館へ向かった。古い探索記録を調べるためだ。魔道具が最初に発見された時期、発見された場所、形や効果。何か共通点がないか知りたかった。
だが、不思議なことに、古い記録ほど記述が少なかった。
「魔力を宿した器具」
「深層より回収」
「用途不明」
どれも、それだけだ。誰が見つけたのか。どこにあったのか。発見時にどのような状態だったのか。肝心な部分が抜け落ちている。
ただ、一冊だけ奇妙な記録があった。百年以上前の冒険者が残した手記。深層で銀色の鐘を見つけたという記述だった。鐘は地面に置かれていた。周囲に建物はなく、吊るすための縄もなかった。それでも夜になると、誰も触れていないのに音が鳴った。
冒険者は最後に、こう書いていた。
森の中で道具を見つけても、拾ったとは考えるな。それが、いつからお前を待っていたのかを考えろ。
その先の頁は破り取られていた。
私は手記を閉じた。
森から宝石が採れることには、理由がある。魔力が結晶になった。そう考えればいい。だが、魔道具は違う。道具には用途がある。用途があるなら、それを使う者がいる。使う者がいるなら、それを作る者もいるはずだ。
魔法の森が作った。
皆は簡単にそう言う。
だが、私は今も不可解に思う。
森はなぜ、人の手に合う形を知っているのだろう。そして、なぜ深層へ入った者が来る前から、そこに置かれているのだろう。
文:史文
